金具屋大広間の歴史(1)

疎開されていた方のお話も交えながら、今日から大広間の歴史を紹介していきたいと思います。
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金具屋大広間は木造四階建「斉月楼」と同時に、昭和8年から3年かけて造られた木造二階建ての建物です。広間部分は167畳の広さがあります。

それまで旅籠、湯治色の強かった宿から、“旅館”に脱却すべく、伊豆や箱根の温泉旅館を参考にしてつくられました。

完成当時は、宿の“宴会場”“大広間”というよりも、渋温泉全体の“会館”“多目的ホール”的な役割を持っていました。(今で言えば和合会館のようなものです)
実際に当時は「温泉会館」という名前でした。
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これは広間で何かのショーを行っている写真です。
踊っているのは芸者さんでしょうかね。

みんなの会館として使う為、大広間へは金具屋館内を通らずに入る方法がありました。
渋のお薬師さん、薬師堂のわきを進むと門があり、そこが実は大広間の“玄関”へと続いているのです。(ちなみに今はその玄関からは入れませんので、あしからず・・・)

渋の会館として、分宿するような大団体の宴会場として使われていた大広間でしたが、完成から僅か4年とちょっとで日本は戦争に突入することになります。

次回へつづく。

歴史の宿金具屋ホームページ
by kanaguya | 2005-10-15 19:19
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